ねぱるぱ通信 

 

    ナマステー!

今日は3月22日から4月7日まで行ってきた、ネパール訪問の報告ですが、

その前にお知らせです。

会の名前が変わりました。

「ネパールとの架け橋 ねぱるぱ」 から 「サンチャイねぱるぱ」 へ

サンチャイはネパール語で「元気」という意味です。

ネパールの人たちと長く楽しくお付き合いしていきたい、そんな願いも込めての

変更です。

 

 

サンチャイ?(お元気ですか?)

 

2017年5月、今年もネパールに行きお米を届けてきました。

皆さんが「茅ヶ崎市民活動サポートセンター」で飲んで下さったドリップコーヒー1杯や「ねぱるぱカフェ」やイベントで食べたり飲んだりする1杯・1食で、ネパールにお米1kg届けます。

今年は750kgを、あの2015年大地震で壊滅的な被害にあった スケコット村に届けてきました。

 

あれから2年たったスケコット村、当時と殆ど変わらない状況、、、

お米と共に、この村のママさんクラブに、フリマや糸掛けマンダラの教室収益など、色々な方法で集めた支援金10万円も届けてきました。

昨年同様、マイクロフクレジットとして大事に使ってくれるそうです。

昨年の使い道として、豚や山羊の飼育などがありました。

 

マイクロクレジットとは・・・貧しい人々に向けた小口の融資や貯蓄などの金融サービスを提供し、彼らが零細事業の運営に役立て、自立し、貧困からの脱出することを目指す金融サービスです。

 

 

 

 お米支援プロジェクト 2016年

 

飲んで食べて、国際支援」というわけで、あなたの食べた一食が、

コーヒーなどを飲む一杯が、お米1kgとなり、

パルパ郡の貧困家庭に届けます。

 

昨年は600kgを11家族に届けました。

その時は、すべてをOKバジさんに託し お金を届けただけでした。

 

今年は、700kgのお米を、直接手渡すことができました。

ラムディコラ村の7家族と カリバン村の7家族です。

全盲の人、独居老人、夫は不明、その上火事で焼け出された人、バス事故で片足をなくした人、

母子家庭の人など、一人ずつお名前と事情を聞いていると、50kgのお米の重みと

お一人一人の人生がズッシリと重く感じられました。

 

14家族の一人、遅れてきた少女は大人びいて見えましたが15歳だそうです。

お父さんは死亡、お母さんは他の人と子供を置いて家出したそうです。

長女の彼女が、4人の子供たちの面倒をみているのです。

周りに親戚とかいるのか、村人の助けはあるのか、

詳しい事情は聞きそびれましたが、

胸の痛む話でした。

母子家庭も多かったのですが、夫の死亡、出稼ぎに行って長い間行方不明、

出稼ぎ先で新しい家庭を作るなど、それぞれの事情がありました。

 

50KGのお米、突然降って湧いた神様からの贈り物のようだと冗談もでました。

一時しのぎだとは分かっています。 今夜だけでもお腹一杯ごはんを

食べてください。

 

サポートセンターやカフェ@ともいきやで、そしてイベント等で

コーヒーやチャイを飲んでくださった方、お世話になったスタッフの皆さま、

本当にありがとうございました。

<震災支援>

昨年の4月25日、突然ネパールを襲った大地震、たくさんの死傷者をだしました。

支援先のパルパ郡は多くの村は被害もそれほどではないと聞いておりましたが、

震源地に近い村は、壊滅的な被害を受けていました。

OKバジさんの案内でその村に入ることになりました。

「震災後、この村に日本の人を案内するのは初めてです」と仰っていました。

 

宿泊先のOKバジセンターから、車で3時間。

車一台しか通れないような山道を上下左右に揺られて揺られて、

川をジープで渡り、山のてっぺんの村に着きました。

スケコット村、パルパで一番被害にあったところです。

震源地のゴルガから70km離れています。

56世帯の内45世帯の家が崩壊、使えません。

着いて早速、村を一巡しました。

瓦礫が片付いただけで、1年前とほとんど変わらない村の状況に心が痛みます。

もともと三階建て家が多く、下が年寄り、二階が若夫婦、

三階が食料貯蔵庫だったので、

米、あわ、トウモロコシなど食べ物がなくなり、困っていました。

また、これから雨期になるので、雨漏りが大変だろうと心配していました。

 

これらに対して、政府から1件に付き15,000ルピー支払われ、

後に20万ルピー支払うと発表がありましたが、

いまだに支払われていません。

今現在、平等な支援という名目で、海外の支援は禁止ということになっています。

お米とトタンを寄付したバジさんは、呼び出され厳重注意をされ、

これ以上の支援はできないそうです。時限立法なので、

それが解けるのを待っています。

そのような状況ですので、支援金70,000ルピー(約7万円)をバジさんに預けてこようと

思いましたが、「何か希望につながる物を支援できませんかね?」と言った時、

「ママさんクラブにつなぎましょう』とおっしゃいました。

コーヒーの木とか、アムリット(ほうき草)、ヤギ、などママさんの収入向上のために

使ってもらうことにしましょうとなりました。

願ったり叶ったりです。ママさんが希望をもてば、子供たちも輝きます。

村も少し元気になります。

ネパールは、どこの村に行っても、子供たち、大人たちの人なつっこい笑顔が

ありました。しかし他の村を回った時のように笑顔が返ってこない人々、

子供たち。

連れも今までと違う人々に、ショックで顔がこわばります。

ほんの少しでも、希望につながりますようにと願わずにはいられませんでした。